※オーナーシェフの直筆ブログ※ >>>女性マネージャー(tomo-chan)のブログへ
>>>東京・目黒(品川区上大崎)のフレンチレストラン:ラ・フィーユ・リリアル公式サイトへ
本を忘るな
あらゆる面で、
無駄を出さない。

というのが、
料理人として、
基本中の基本だ。

“安全な食材”であれば、
利用せずして捨てる部位など殆ど無い。

これに関しては、
食聖・北大路魯山人なども、
口が酸っぱくなるほど言い残している。

食材や光熱費も然ることながら、
何よりも時間を“捨てる”ことなく
生きて生きたいものだ。
極真空手奮闘記:湯治の巻
最近、
ランチタイム後の
アイドルタイムともなると、
欠かせないもの。。。

があります。

それは、
鷹番の湯』↓
鷹番の湯

と、
宮城湯』↓
宮城湯

共に天然温泉な銭湯です。
露天風呂だってあるんだよー☆

。。。って、
なんで温泉銭湯なんかに入り浸っているのかと申しますと、

やはり料理人と言いますのは、

身体が資本であり、

より美味しく、

骨太な料理を

日夜お客様方に提供するためには、

その資本である身体のメンテナンスを

怠ってはいけない、

という信念によるものです。


。。。って言うのは大うそで、
実は。。。
空手の稽古に付いて行けずの筋肉痛を癒すため。。。(´Д`;)A
晩秋から冬の食材/マダラ/真鱈
クリックすると別窓で大きく表示されます
「ウゥゥゥ。。。」

クリックすると別窓で大きく表示されます

「ワン♪」

。。。(・_・;

クリックすると別窓で大きく表示されます
。。。って、
な〜んだ、
タラかよぉ〜★

タラ(真鱈・マダラ)の旬は、
漢字で魚偏に雪と書くように。。。

とか、
言われているようですが、
鱈と書くようになったのは、
火を入れたときの身の白さが、
まるで雪のようだから。。。

ってのが正論だと思うんですがねぇ。。。

フランスでも、
フレッシュのものはカビヨー(Cabillaud)、
塩漬け、
或いは干したものは
モリュー(Morue)と呼ばれ、
最も大衆的に親しまれている魚のひとつでありながら、
高級レストランでも使われることもある、
マルチ・タレント的なお魚で、
どう調理しても、
とってもおいしい☆

とは言え、
『鱈ちり』にした、
白子や、
アン肝のように肥大した肝の味を知ってしまうと、
日本人に生まれてよかったぁ〜☆
って思いますね♪
自然栽培野菜との邂逅
常に上には上がある、
ということを忘れてはいけない。

気が付けば、
有機肥料を用いた、
有機栽培野菜というものに、
疑問を感じ始めていた。

“無農薬”
という言葉にも、
眉に唾をつけ始めていた。

お客様に、
“美味しい”
と言っていただく前に、

“安全な料理”

を提供するのは、
我々『専門料理』に携わる人間の使命だ。

現在の栽培基準は
何が正しくて、
何が間違いなのか、
混沌としていて、
まるで幕末の社会情勢のよう。

そんな最中、
目からウロコの、
究極とも言える栽培法、
『自然栽培』
なるものに出会うことができた。

これもひとえに、
白金台にある、
シェ・イグチ』の
井口シェフのお陰である。
(実は井口シェフ、
密かにブログ
怪眠・怪食倶楽部
も書いていて、
とても勉強になります☆)
クリックすると別窓で大きく表示されます
※↑井口シェフに分けていただいた自然栽培による野菜たち。
 ・玉葱は生で甘く、
 ・蕪は火を加えたらデザートにも使えそうなほど甘い。
 ・人参は大地の香りと甘さのバランスが絶妙で、
 ・ジャガイモは丸ごと火が入った先から“粉吹きイモ”状態。
 ・ほうれん草は生でも焼いてもイケる。

。。。そしてこの冬、

リリアルの野菜が変わる!
あん肝:下処理編
最近、
めっきり冷え込んで、
Tシャツ着てバイクで築地に行くってのも、
いい加減恥ずかしくなってきたなぁ。。。(^^;)

ってことで、
リリアルの冷蔵庫の中も衣替えの最中。
夏から秋の食材が消えてゆき、
晩秋から冬の新顔がお目見えし始めております。

先ずは毎年定番のあんこうの肝臓:
パシフィック・フォアグラの異名をとり、
・DHA(ドコサヘキサエン酸)
・ビタミンA(カロチン)
・ビタミンB12
等を豊富に含み、
様々な効能効果がある、
とも言われる:
いわゆる『あん肝』
でも紹介しようかな。

・『あん肝』を氷&牛乳に一晩浸ける。

・翌日、ざるに上げ、
 クリックすると別窓で大きく表示されます

・クール・ブイヨン(即席ブイヨン)でポシェ(軽く茹でる)。
 クリックすると別窓で大きく表示されます

・キュイッソン(茹で汁)に浸けたまま冷まし、

。。。その後は企業秘密(^^ゞ。。。で、
『築地SP』等に登場します。

って言うか、
もみじ卸し&ポン酢でも旨いんだけどね。。。
守・破・離/完結編
さて、
5回シリーズでお贈りしてきた極私的『守・破・離』も
今日が最終回。
(。。。っていい加減終わらせないと、
常連さん(っているのか?)に見切りをつけられそう。。。)

『守・破・離』の土台になったとも言われる世阿弥の人生。
その“師”は
言わずと知れた、
父親である観阿弥。

「子は親の背中を見て育つ」

って言うじゃあありませんか。
即ち、
世阿弥に限らず、
親が“師”だったりするわけです。

だから、
反抗期に、
あれだけ嫌いだった親にも
似てきたりなんかするんです。
知らず知らずに真似てしまってるんですね。

裏を返せば、
血の繋がってない“師匠”は
“育ての親”ってことになり、
親にかわりはない、
ってことです。

って何が言いたいかっていうと、
『離』の境地に達するってことが、
『親離れ』ということになり、
この上ない究極の
『親孝行』
ということになるのではないか。。。

即ち、
『親離れ』=『離の境地』=『親孝行』ってことです。
守・破・離/探検編
今日のランチタイムは、
探検家・高橋大輔さん、
突然のご訪問。

。。。で、
お約束の写真撮影。
はいチ〜ズ♪
高橋大輔さんご一行

いつお会いしても腰が低く、
落ち着いた物腰の大輔さん。
このような人格は、
どのように養われたんだろう。。。
探検家の修行ってどんなんだ?
師匠っているのか?

。。。と、
気が付いてみれば、
頭の中にまた
『守』と『破』と『離』の三文字。

やれやれ、
カンペキに取り憑かれている。。。

まあ、
この際だから、
大輔さんの人生を
私なりに『守・破・離』と照らし合わせながら、
推測してみる。

ん〜★
やっぱり、
いまいちピン♪と来ない。
世界を股に掛ける探検家なんだから、
地球が師匠か?
それとも偉大な先人たちが残した軌跡か?
それより、
探検家にとっての基本ってなんなんだろう?

やっぱり分からない。。。

分からないから、
なおさら魅力的な、
高橋大輔さんでございました。
守・破・離/人情編
将来を担う若い人達に、
いきなり『守・破・離』、
と切り出しても通じまい。

子を諭す気持ちで説いでみようか。。。

先ず最近、
料理を志しても挫折して行く若者が多いのは、
『守』の時期の欠如にある。

フリーターが世の中にはびこる昨今、
転職は大いに結構なのだが、
最低限、
『守』をクリアした段階で願いたい。

物まね、
或いは基本を気が狂うほど、
繰り返した人でなければ、
『守』のステージはクリアできない。

それを経ずして、
疑問や不満だらけの、
まやかしの『破』へと突入してしまうものだから
手が付けられない。

そうなってしまうと、
「初心忘るべからず」
と言ったところで『初心』はなく、
「基本を忘れるな」
と諭しても『基本』がない。

ないない尽くしでなにもないのだ。。。

守・破・離/追憶編
今、
我が人生を大雑把に
『守・破・離』の段階を通して、
振り返ってみると、

25歳でフランスへ旅立つまでが『守』の時期、

フランスでの8年半が『破』、

そして帰国後の活躍(。。。してないか★(^^;)が
『離』ということになろうか。。。

しかしながら、
細かく見てみると、
その中にも数々の、
小さな『守・破・離』が存在し、
そして今現在、
広義での『守・破・離』の途上、
ということに気づく。

そこでやはり、
胸に刻んでおきたいのは、
利休居士の

規矩作法 守りつくして 破るとも 離るるとても 本を忘るな

正に温故知新なり。。。

守・破・離/応用編
さて、
昨日の『守・破・離』を料理修行に当てはめてみようか。

先ずは『守』。

ここでは師であるシェフ(料理長)や諸先輩方への
“絶対服従”&“忠誠心”を要求され、
失敗に罵声を浴びせかけられようと、
ボッコボコ(笑)にされようと、
ただひたすら耐え忍び、
仕事は単純作業の繰り返し。
徐々に技術が身に付き始めるも、
人まね物まねの領域は越えられず、
様々な葛藤を繰り返し、
精神修養に明け暮れる。

次に『破』。

シェフとの信頼関係が築かれると、
“任される”仕事が増え始め、
独創性を求められるようになる。
様々な疑問も芽生え始めるが、
それが独自な“技”を生み出し、
“個”としての料理人が形成される。

そして『離』。

様々なセクションで
責任ある仕事をこなした後には、
調理場全体を統率する、
セカンド・シェフ(副料理長・二番シェフ)の地位が待っている。
ここでは、
シェフと同等の技術、
並びに人格が要求され、
変幻自在な境地に達していなければならない。

そして自他ともに認めるシェフとなり、
独立を果たし、
『離』がひとつの完結を迎えるが、
料理の修業は生涯続く。。。
守・破・離/考
何しろ今まで、
武道家と知り合う機会など無かったもので、
目黒道場の柏木信広先生の口から発せられる言葉はどれも新鮮☆
師に対して失礼に当たるかも知れないけど、
語録を編纂したい衝動に駆られる。

取って置きの名言は、
今はヒミツ。

でも今日は、
茶道や武道で良く用いられる、
『守(しゅ)・破(は)・離(り)』
についての話をちょっと。。。

『守・破・離』
とは、
平たく言えば、
修行や道を極めるまでの行程を表していて、
『守』=ひたすら師の教えを守り、繰り返す段階。
『破』=概念を破り、独創性を養う段階。
『離』=自在の境地に至り、師の下を離れる段階。
ということになり、
おおよそ“道”と名の付く修行は、
この『離』を目指さなければいけない、
ということ。

ところがひとつ問題なのは、
この『守・破・離』、
出どころが諸説紛々で、
ネット上で検索してみても、
・世阿弥の『花伝書(風姿花伝)』説
・千利休の道歌
 「規矩作法守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな」説
・江戸時代の茶人・川上不白の『不白筆記』
 「守ハマモル、破ハヤブル、 離ハハナルト申候他。。。」説
。。。と、全く統一性がない。

と言うことで、
私的な考察を試みてみました。

世阿弥の『花伝書(風姿花伝)』説は、
『風姿花伝』現代語訳に目を通した限りでは、
『序・破・急』には言及されていても、
『守・破・離』は見当たらないので×
ところが、
東北大学名誉教授・学士院会員:源了圓氏によれば、
『守・破・離』のベースは『序・破・急』にあった、
と言うよりも世阿弥の生き様そのものにあった、
との見方もあるようなので△

利休道歌の
規矩(きく)作法守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな」
の説は、
『守』『破』『離』の全てが歌われているので○

江戸時代の茶人・川上不白の『不白筆記』
「守ハマモル、破ハヤブル、 離ハハナルト申候他。。。」説
となると、
『守』『破』『離』について、
詳しく解説が為されているので○と言いたいところだけど、
年代順に見れば、
『不白筆記』が最も新しいわけで、
“後出しジャンケン”の観はいがめず△

ということは利休道歌説が最有力かぁ?
と思っても、
「『守・破・離』のベースは世阿弥の人生そのものにあった」
とすれば、
『花伝書(風姿花伝)』は
明治の時代までは口伝によって受け継がれたとは言え、
世阿弥の世評が利休に何らかの影響を与えた可能性も、
無きにしも非ずと思われ、
この三つの説が微妙に絡み合って、
今日に伝えられ、
“道”を学ぶ者たちの指針とされるようになった。
と解釈するのが一番自然なのかも。。。

後は実践するも聞き流すも本人次第、
と言うことで。。。

って言うか、
料理の修業もこうあらなきゃダメだね。
太郎に訊け!
ボクは天才じゃない。
でも、天才の真似は出来る。
先ずはやってみよう。
答えは実践の中にこそ隠されているのだから。

我ながら何を血迷ったのか、
極真空手に手を染める。
(全くカタチになってないけど。。。)

ふと思えば、
我が心の師である岡本太郎氏は
46歳でスキーを始めたんだっけ?
しかも、
その滑りは豪快そのもので、
二度も骨折したという。

太郎に訊け!
もし、
死んじゃったって、
それはそれでもいいじゃないか、
と死を恐れる心に自分自身言ってきかせる。
そして、
強烈に転倒しても、
自分よりも目の前で地球がひっくり返ったような気がして、
ぼくはいつもヤッ、
と親しげに地球の肩を叩いてやりたい気がするんだ。

岡本太郎氏に言わせれば、
スキーが楽しいのは、
“死と隣り合わせ”
だから。

道着が白いのは“死に装束”。
そして、
両の腕で十字を切って、
「押忍!」
の極真空手にも、
同じことが言えるかな。。。

なんか、
太郎さんに、
ほんのちょっとだけでも、
近づけたようで、
ウレシイ♪
雨にも負けず。。。
遂にtomo-chan妊娠かぁ???

tomo-chan

。。。ってのはウソですから、
全国のtomo-chanファン(いるのかぁ?)の皆さま、
ご安心ください☆

雨ガッパの中に、
パンパンに詰まったウェストバッグを抱えて、
の図でございます。

今夜のような雨の日も、
屈することなくサッソウと、
チャリンコ通勤ご苦労さん♪
リリアル小町のtomo-chanを
今後も応援頼みますぅー☆
料理史の源流
さて、
今日はまじめな話をしよう。

フランス料理の根源を探求すると、
ギリシャ時代に遡る。

何故今日はこんな話をするかと言うと、
昨日中国で、
『4千年前の世界最古の麺が発見された』
という事実を受けても、
今日まで確認された
『料理史』
が、そうやすやすと覆されることはないからだ。

いくら当時の人々が食べていたものが遺跡から発見されようと、
それを“料理史に残る料理”と立証するには、
それなりの“証拠”が必要なのだ。

即ち、それに関する文献、
或いはそれに順ずるものが発見されない限り、
それが生きていくための、
単なる“食材の加工法”だったのか、
はたまた味わうため、
並びに芸術としての“料理”だったのか、
想像力は充分に煽られても、
見分けがつかないということだ。

その点、
フランス料理は写本として真偽のほどは危ぶまれるにしろ、
ギリシャ時代にその根源を見つけることが出来るだけ、
“芸術”としての歴史は深いことになる。

どちらにしろ、
全く興味の尽きないはなしである。

中国料理四千年の歴史(?)
本日、
中国・青海省の遺跡から、

『世界最古の麺』が発見!

され“英科学誌ネイチャー”で発表されたらしい。

なんと!
4000年前のラーメンのような麺だそうな。。。

これが事実なら、
今まで定説とされていた“麺の歴史は2000年”から
更に2000年も遡ることになり、
麺の発祥地は中国であることの決定的証拠となるだろう。

それにしても、
4000年前って言ったら、
日本では縄文時代ではないか。
穀物を挽いて団子状にするならともかく、
麺状にしたということは、
それに纏わり付かせて食べたくなるような、
美味しいスープが存在したということなのか?

フランス料理など、
足元にも及ばぬ歴史を抱えた中国大陸。
料理人として、
ちょっとはかじって見る必要がありそうですな。
初心忘るべからず
壁にぶち当たった時、
スランプな時、
モチベーション低下気味な時、
ライバルに圧倒されそうな時、
夢を見失いそうな時、
不運に見舞われた時
etc。。。

「初心にかえれ!」

と、励ましの言葉で用いられたり、

「初心にかえろう!」

と、自戒を含め他人に投げ掛けたり。。。
様々なケースで“初心”という言葉は用いられる。

そもそも、初心うんぬんかんぬんのベースは、
世阿弥『花鏡』の
是非とも初心忘るべからず
時々の初心忘るべからず
老後の初心忘るべからず

にあると思われるが、
いくら勝手な解釈が行なわれようと、
各人にそれを咀嚼する能力、
並びに即実行に移す行動力が備わっていなければ、
その言葉を活用することは出来ない。

そして、
おごり高ぶることなく、初心にかえるも、
初心を道しるべとし、軌道修正を試みるも、
先ずその初心に、大きな夢と希望が隠されているようでなければ
全く意味を成さない。

『●●よ大志をいだけ』

の●●は、
なにも“少年”に限ったことではないのだ。
浦島太郎はどこへ行ったのか 
「物語を旅する」

そして

「答えは旅の中にある」

のキャッチコピーを掲げ、
独自の路線をひた走る異色の探検家:高橋大輔氏、
ロビンソン・クルーソーを探して
に続く著作第二弾は
『浦島太郎はどこへ行ったのか』。


前作の『ロビンソン。。。』は
「あの『ロビンソン・クルーソー漂流記』には実在のモデルがいた!」
が謳い文句で、
「えぇ!!ホント?」
と無条件でストレートに感情移入できたものだが、
この『浦島太郎。。。』は、
ちょっと訳が違う。

と言うのも、
たとえ
「昔話の主人公は、実在していた!」
と前作同様のキャッチコピーをその表紙の帯に掲げてあろうと、
今日我々の知る浦島太郎の話には不可解な部分が少なくないからだ。

太郎が助けた亀の背に乗り、
向かった先は酸素ボンベも無かった時代に海中の竜宮城であり、
そこでは鯛や平目も踊りだす。。。

と、
ここまでは比喩的表現での脚色として納得しても、
“恩を仇で返す”ではあるまいし、
玉手箱により老人にされてしまう。。。
というのはちょっと頂けない話である。

「開けてはいけない」

と言われた箱を開けてしまった太郎にも多少の落ち度はあったにせよ、
なんでそんな危なっかしい箱を
乙姫は土産にくれてやらなければならなかったのか。

そもそも、
「開けるな!」
と念を押されれば押されるほど、
なお更開けたくなるのが人情ってものではないのか。

もし開けなかったとしたら、
この玉手箱はどんな恩寵を太郎にもたらしてくれたと言うのか。

一見“亀の恩返し”とも思えるこの話の、
意表を突いたような“どんでん返し的”結末には
一体どんな秘密が隠されているというのだ。。。

そんな現実から懸け離れた、
このお伽噺を探検家・高橋大輔氏は、
いったいどのように旅し、
太郎の実在を確信するに至ったというのか。

。。。という心配は全く無用であった。。。

「浦島太郎は本当に竜宮城へ行ったのか。はたまたどこへ行ったのか。」

の答えを探し出す旅であると同時に、

「真実の浦島太郎の物語はどこへ行ってしまったのか。」

を追い求める旅。。。
というふたつの意味を掛けて

『浦島太郎はどこへ行ったのか』

というタイトルにしたのだろうか。

この物語は、
とある古代遺跡から海亀の骨を探し当てる為に筆者が
“骨に埋もれる”、
という微笑ましい描写から始まり、
日本書紀・丹後国風土記逸文はもとより、
浦島所縁の神社に伝わる古文書、
はたまた中国の伝説、
並びに魏志倭人伝にまで及ぶ。
そして勿論旅の舞台もそれに追従することになる。

とりわけ日本書紀と言えば、
わが国最古の“歴史書”でありながら、
神話の部分まで“史実”としているところから、
どの程度真実を伝えたものか、
眉に唾をつける向きも少なくないようだが、
単なる絵空事と一笑に付すことなく、
また悪戯に想像力のみを逞しくすることもなく、
ひたむきに自分の足だけを頼りに現実と照らし合わせながら検証を試み、
歩き廻るその姿勢に
探検家:高橋大輔の“男”を見た思いがした。

忘れかけた日本人のDNAを呼び起こす為にもお勧めの一冊である。
ジビエの季節:ペルドロー・ルージュ編
リリアルのジビエ第二弾は
イギリスから届いた
『ペルドロー・ルージュ(Perdreau rouge)』
アカアシイワシャコ/クリックすると別窓で大きく表示されます

このペルドロー・ルージュ、
和名を
アカアシイワシャコ
と言うキジ目キジ科に属す野鳥の雛鳥だけあって、
その調理法はキジのそれに順じ、
程よくフザンデ(熟成)されたものは、
ジビエ通と言われる方々にも、
野趣に富んだ肉質&香りを堪能させてくれる。

フランスでペルドロー(Perdreau)と言えば、
最もポピュラーな野鳥の雛鳥ひとつで、
現在ペルドロー・ルージュと
ペルドロー・グリ(Perdreau gris:ヨーロッパヤマウズラ)の二種を
ほぼフランス全域で見つけることが出来るが、
南仏で多く見かけ、形もやや大きめなのは“ルージュ”の方である。

このペルドローをフランスにもたらしたのは
15世紀にナポリ王にもなったルネ善良王と言われ、
キオス島から数つがいのペルドローを
プロバンス地方で飼育させる為に移入させたという記録が残っている。

遥か15世紀の時代から
フランスの“グルメ”たちを唸らせ続けるペルドローを
リリアルで体感なさってみてはいかが?
レストランウェディング in 目黒
何を隠そう、
リリアルでは
小規模でアットホームなウェディングも承っている。

お身内やお仲間だけでのささやかな
新郎新婦の門出を祝う宴。。。

思いのほか盛り上がるのは、
いわゆる“披露宴”という形式に囚われないが故であろう。

今日は花嫁と
貴重なツーショットを収める機会に恵まれましたぁ〜☆
クリックすると別窓で大きく表示されます
フランスの香り。。。
秋も深まって来ると、
リリアルでもフランスの香りがする。

赤ワインを煮詰める、
ジビエをフランベ(無駄毛を焼く)する、
フルーツを焼く、煮る、
etc。。。

間違いなくボクは長年フランスで暮らし、
喜怒哀楽をフランスと共にし、
そして分かち合い、
青春の一ページを捧げたのだと、
再認識させてくれる。。。

そんな秋がボクには切なく、
そして大好きでたまらない。

イベリコ豚の骨付きロースはいかが?
本日、
リリアルに
イベリコ豚(ペジョータ)の骨付きロース肉参上〜☆

クリックすると別窓で大きく表示されますクリックすると別窓で大きく表示されます

イベリコ豚についてよく訊かれるのが、

「なんで、イベリコってこんなに美味しいんですかねぇ?」

ってことだが、
そんなこと本人、
いや本豚に訊いてください!
とは言えないので、

「そりゃあ、
 ドングリばっかり食べてりゃ、
 人間様は仙人になりますもの、
 黒豚だって空中浮揚とまではいかないまでも、
 グルメを唸らせるぐらい、
 訳のないことでしょう。」

などと、最もらしく答えたりしているが、
訊ねた当のお客様方には、
以外にも素直に納得されてしまい、
後の話が続かなくなってしまうこともしばしばである。

まあ、
実際問題、
この独特な味わい&風味は
以前の記事
『イベリコ豚はただの豚?』
にもちょっと書いたが、
その独特な飼育法によるものであることは確かなようで、
まんざら嘘を付いていることにもならないと思うのだが。。。

ところで、
このイベリコ豚の骨付きロース肉、
リリアルで常時食べられるというシロモノではなく、
グループでの御会食やパーティー等にて、
塊で骨ごとローストにし、
最高級豚肉の最高級部位をご堪能いただいております。
ジビエの季節到来:雷鳥編
さて、
秋もたけなわ、
いよいよ待ちに待ったジビエの季節がやって来た。

「セゾン・ド・ジビエ(ジビエの季節)に

ヘ(▼0▼)/フォ〜♪

先ず第一弾として、
スコットランドからフランス経由でリリアルに届き、
冷蔵庫内で程よくフザンデ(熟成)されたのは、
『雷鳥』〜☆↓
クリックすると別窓で大きく表示されます

雷鳥と言うと、
皆さんは日本のアルプス等に生息する特別天然記念物の、
あの“白い雷鳥”を連想されることと思うが、
ご覧の通りの羽毛色は白ではなく、
雉の雌に似た様相である。

スコッチウィスキー好きな方なら、
きっと一度は味わったことのある、
ザ フェイマス グラウス
のラベルに描かれたアレですね☆

身の色は若いものがピンク、
成鳥は赤色で、
肉質は、
ちょうど雉の肉をもっとしっとりとさせ、
野性味を加えた感じのもので、
私の最も好きなジビエのひとつです。

詳しくはご遠慮なく店の方へ、お問い合わせ下さい。
Tadashi YANAGI/タダシ・ヤナギ八雲店
ある方のリクエストにお応えして、
向かった先は目黒区八雲。

本店が海老名市という、
そう簡単には足を運べない場所にあるが故に、
今まで一度もチャレンジ出来なかった噂のパティスリーが、
待ちに待った東京進出を果たしたのはつい先日(2005年9月19日)。

オープン直後のドタバタ中は避けようと思っていたが、
ブログコメントに煽られて、
早々と初挑戦する形となった。

※“白亜の宝石箱”ってカンジかな?
 目黒通りに面しているので頗る目立つ。
クリックすると別窓で大きく表示されます

※また買い過ぎてしまったかぁ!
クリックすると別窓で大きく表示されます

※まだあった。。。
クリックすると別窓で大きく表示されます

同業のエチケットとして、
細かい評論は差し控えさせていただくが、
どれを取っても

「旨い〜☆」

その
甘さ控えめで軽い仕上がりにも関わらず、
しっかりとしたインパクトのあるテイスト&フレーバー。。。

私が今まで食べたパティスリーの中でも
五本指に入る勢いだ!

今日は
またモチベーションUpの為に有効な一店を見つけ、
秋空の如く晴れやかで清々しい一日であった。

※パティスリー タダシ ヤナギ:Tadashi YANAGI:八雲店
  住所:目黒区八雲2-8-11
  TEL:03-5731-9477
  定休日:水曜
押忍に始まり、押忍に終わる。。。
昨夜は久しぶりに朝まで飲んだ。

しかも“極真”の“もののふ”達と目黒道場で飲み明かした。

“強くなる”ことが第一使命なのだ。
ネガティブな話題など、
飛び出しようもない。。。

前にしか進まない、
いや、
前にしか進めない。

それが、
『押忍』
の精神なのだ。

『押忍』
の語源に関しては、
ネット上でも諸説紛々。

はようございま
の略だの、
しつつぶ」
だの
「尊敬、感謝、耐」
だのと言われてるようだが、

そんな甘いもんじゃないことが昨日判明〜☆

『押忍』
は、
あらゆる場面で用いられる。

・「おはようございます」の『押忍』
・「お疲れさまでした」の『押忍』
・「よろしくお願いします」の『押忍』
・「ありがとうございました」の『押忍』
・「はい(=yes)」の『押忍』

えっ?
「はい(=yes)」が『押忍』なら、
「いいえ(=no)」はナニ?
。。。

そう、
極真の世界にはNo(=いいえ)という言葉は存在しないのです。

常に、
『押忍』
ナニを言われても
『押忍』
どんな辛いことでも
『押忍』

たとえ押し戻されても、
自分からは引かない。。。

そんな気合を込めて、
今日も

「押忍!」

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。