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浦島太郎はどこへ行ったのか 
「物語を旅する」

そして

「答えは旅の中にある」

のキャッチコピーを掲げ、
独自の路線をひた走る異色の探検家:高橋大輔氏、
ロビンソン・クルーソーを探して
に続く著作第二弾は
『浦島太郎はどこへ行ったのか』。


前作の『ロビンソン。。。』は
「あの『ロビンソン・クルーソー漂流記』には実在のモデルがいた!」
が謳い文句で、
「えぇ!!ホント?」
と無条件でストレートに感情移入できたものだが、
この『浦島太郎。。。』は、
ちょっと訳が違う。

と言うのも、
たとえ
「昔話の主人公は、実在していた!」
と前作同様のキャッチコピーをその表紙の帯に掲げてあろうと、
今日我々の知る浦島太郎の話には不可解な部分が少なくないからだ。

太郎が助けた亀の背に乗り、
向かった先は酸素ボンベも無かった時代に海中の竜宮城であり、
そこでは鯛や平目も踊りだす。。。

と、
ここまでは比喩的表現での脚色として納得しても、
“恩を仇で返す”ではあるまいし、
玉手箱により老人にされてしまう。。。
というのはちょっと頂けない話である。

「開けてはいけない」

と言われた箱を開けてしまった太郎にも多少の落ち度はあったにせよ、
なんでそんな危なっかしい箱を
乙姫は土産にくれてやらなければならなかったのか。

そもそも、
「開けるな!」
と念を押されれば押されるほど、
なお更開けたくなるのが人情ってものではないのか。

もし開けなかったとしたら、
この玉手箱はどんな恩寵を太郎にもたらしてくれたと言うのか。

一見“亀の恩返し”とも思えるこの話の、
意表を突いたような“どんでん返し的”結末には
一体どんな秘密が隠されているというのだ。。。

そんな現実から懸け離れた、
このお伽噺を探検家・高橋大輔氏は、
いったいどのように旅し、
太郎の実在を確信するに至ったというのか。

。。。という心配は全く無用であった。。。

「浦島太郎は本当に竜宮城へ行ったのか。はたまたどこへ行ったのか。」

の答えを探し出す旅であると同時に、

「真実の浦島太郎の物語はどこへ行ってしまったのか。」

を追い求める旅。。。
というふたつの意味を掛けて

『浦島太郎はどこへ行ったのか』

というタイトルにしたのだろうか。

この物語は、
とある古代遺跡から海亀の骨を探し当てる為に筆者が
“骨に埋もれる”、
という微笑ましい描写から始まり、
日本書紀・丹後国風土記逸文はもとより、
浦島所縁の神社に伝わる古文書、
はたまた中国の伝説、
並びに魏志倭人伝にまで及ぶ。
そして勿論旅の舞台もそれに追従することになる。

とりわけ日本書紀と言えば、
わが国最古の“歴史書”でありながら、
神話の部分まで“史実”としているところから、
どの程度真実を伝えたものか、
眉に唾をつける向きも少なくないようだが、
単なる絵空事と一笑に付すことなく、
また悪戯に想像力のみを逞しくすることもなく、
ひたむきに自分の足だけを頼りに現実と照らし合わせながら検証を試み、
歩き廻るその姿勢に
探検家:高橋大輔の“男”を見た思いがした。

忘れかけた日本人のDNAを呼び起こす為にもお勧めの一冊である。


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