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守・破・離/考
何しろ今まで、
武道家と知り合う機会など無かったもので、
目黒道場の柏木信広先生の口から発せられる言葉はどれも新鮮☆
師に対して失礼に当たるかも知れないけど、
語録を編纂したい衝動に駆られる。

取って置きの名言は、
今はヒミツ。

でも今日は、
茶道や武道で良く用いられる、
『守(しゅ)・破(は)・離(り)』
についての話をちょっと。。。

『守・破・離』
とは、
平たく言えば、
修行や道を極めるまでの行程を表していて、
『守』=ひたすら師の教えを守り、繰り返す段階。
『破』=概念を破り、独創性を養う段階。
『離』=自在の境地に至り、師の下を離れる段階。
ということになり、
おおよそ“道”と名の付く修行は、
この『離』を目指さなければいけない、
ということ。

ところがひとつ問題なのは、
この『守・破・離』、
出どころが諸説紛々で、
ネット上で検索してみても、
・世阿弥の『花伝書(風姿花伝)』説
・千利休の道歌
 「規矩作法守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな」説
・江戸時代の茶人・川上不白の『不白筆記』
 「守ハマモル、破ハヤブル、 離ハハナルト申候他。。。」説
。。。と、全く統一性がない。

と言うことで、
私的な考察を試みてみました。

世阿弥の『花伝書(風姿花伝)』説は、
『風姿花伝』現代語訳に目を通した限りでは、
『序・破・急』には言及されていても、
『守・破・離』は見当たらないので×
ところが、
東北大学名誉教授・学士院会員:源了圓氏によれば、
『守・破・離』のベースは『序・破・急』にあった、
と言うよりも世阿弥の生き様そのものにあった、
との見方もあるようなので△

利休道歌の
規矩(きく)作法守りつくして破るとも離るるとても本を忘るな」
の説は、
『守』『破』『離』の全てが歌われているので○

江戸時代の茶人・川上不白の『不白筆記』
「守ハマモル、破ハヤブル、 離ハハナルト申候他。。。」説
となると、
『守』『破』『離』について、
詳しく解説が為されているので○と言いたいところだけど、
年代順に見れば、
『不白筆記』が最も新しいわけで、
“後出しジャンケン”の観はいがめず△

ということは利休道歌説が最有力かぁ?
と思っても、
「『守・破・離』のベースは世阿弥の人生そのものにあった」
とすれば、
『花伝書(風姿花伝)』は
明治の時代までは口伝によって受け継がれたとは言え、
世阿弥の世評が利休に何らかの影響を与えた可能性も、
無きにしも非ずと思われ、
この三つの説が微妙に絡み合って、
今日に伝えられ、
“道”を学ぶ者たちの指針とされるようになった。
と解釈するのが一番自然なのかも。。。

後は実践するも聞き流すも本人次第、
と言うことで。。。

って言うか、
料理の修業もこうあらなきゃダメだね。


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