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鍛錬
ぼくは、

あなたがフィニッシュテープを切る瞬間を期待したんじゃない。

表彰台に上る姿を夢見たりなんかしない。

“三ツ星。。。”や“予約の取れない。。。”なんか、
どうでもいいんだ。

ただ、
あなたと共有する日々。

それが、
一番の宝物。


本を忘るな
あらゆる面で、
無駄を出さない。

というのが、
料理人として、
基本中の基本だ。

“安全な食材”であれば、
利用せずして捨てる部位など殆ど無い。

これに関しては、
食聖・北大路魯山人なども、
口が酸っぱくなるほど言い残している。

食材や光熱費も然ることながら、
何よりも時間を“捨てる”ことなく
生きて生きたいものだ。
守・破・離/完結編
さて、
5回シリーズでお贈りしてきた極私的『守・破・離』も
今日が最終回。
(。。。っていい加減終わらせないと、
常連さん(っているのか?)に見切りをつけられそう。。。)

『守・破・離』の土台になったとも言われる世阿弥の人生。
その“師”は
言わずと知れた、
父親である観阿弥。

「子は親の背中を見て育つ」

って言うじゃあありませんか。
即ち、
世阿弥に限らず、
親が“師”だったりするわけです。

だから、
反抗期に、
あれだけ嫌いだった親にも
似てきたりなんかするんです。
知らず知らずに真似てしまってるんですね。

裏を返せば、
血の繋がってない“師匠”は
“育ての親”ってことになり、
親にかわりはない、
ってことです。

って何が言いたいかっていうと、
『離』の境地に達するってことが、
『親離れ』ということになり、
この上ない究極の
『親孝行』
ということになるのではないか。。。

即ち、
『親離れ』=『離の境地』=『親孝行』ってことです。
守・破・離/探検編
今日のランチタイムは、
探検家・高橋大輔さん、
突然のご訪問。

。。。で、
お約束の写真撮影。
はいチ〜ズ♪
高橋大輔さんご一行

いつお会いしても腰が低く、
落ち着いた物腰の大輔さん。
このような人格は、
どのように養われたんだろう。。。
探検家の修行ってどんなんだ?
師匠っているのか?

。。。と、
気が付いてみれば、
頭の中にまた
『守』と『破』と『離』の三文字。

やれやれ、
カンペキに取り憑かれている。。。

まあ、
この際だから、
大輔さんの人生を
私なりに『守・破・離』と照らし合わせながら、
推測してみる。

ん〜★
やっぱり、
いまいちピン♪と来ない。
世界を股に掛ける探検家なんだから、
地球が師匠か?
それとも偉大な先人たちが残した軌跡か?
それより、
探検家にとっての基本ってなんなんだろう?

やっぱり分からない。。。

分からないから、
なおさら魅力的な、
高橋大輔さんでございました。
守・破・離/人情編
将来を担う若い人達に、
いきなり『守・破・離』、
と切り出しても通じまい。

子を諭す気持ちで説いでみようか。。。

先ず最近、
料理を志しても挫折して行く若者が多いのは、
『守』の時期の欠如にある。

フリーターが世の中にはびこる昨今、
転職は大いに結構なのだが、
最低限、
『守』をクリアした段階で願いたい。

物まね、
或いは基本を気が狂うほど、
繰り返した人でなければ、
『守』のステージはクリアできない。

それを経ずして、
疑問や不満だらけの、
まやかしの『破』へと突入してしまうものだから
手が付けられない。

そうなってしまうと、
「初心忘るべからず」
と言ったところで『初心』はなく、
「基本を忘れるな」
と諭しても『基本』がない。

ないない尽くしでなにもないのだ。。。

守・破・離/追憶編
今、
我が人生を大雑把に
『守・破・離』の段階を通して、
振り返ってみると、

25歳でフランスへ旅立つまでが『守』の時期、

フランスでの8年半が『破』、

そして帰国後の活躍(。。。してないか★(^^;)が
『離』ということになろうか。。。

しかしながら、
細かく見てみると、
その中にも数々の、
小さな『守・破・離』が存在し、
そして今現在、
広義での『守・破・離』の途上、
ということに気づく。

そこでやはり、
胸に刻んでおきたいのは、
利休居士の

規矩作法 守りつくして 破るとも 離るるとても 本を忘るな

正に温故知新なり。。。

守・破・離/応用編
さて、
昨日の『守・破・離』を料理修行に当てはめてみようか。

先ずは『守』。

ここでは師であるシェフ(料理長)や諸先輩方への
“絶対服従”&“忠誠心”を要求され、
失敗に罵声を浴びせかけられようと、
ボッコボコ(笑)にされようと、
ただひたすら耐え忍び、
仕事は単純作業の繰り返し。
徐々に技術が身に付き始めるも、
人まね物まねの領域は越えられず、
様々な葛藤を繰り返し、
精神修養に明け暮れる。

次に『破』。

シェフとの信頼関係が築かれると、
“任される”仕事が増え始め、
独創性を求められるようになる。
様々な疑問も芽生え始めるが、
それが独自な“技”を生み出し、
“個”としての料理人が形成される。

そして『離』。

様々なセクションで
責任ある仕事をこなした後には、
調理場全体を統率する、
セカンド・シェフ(副料理長・二番シェフ)の地位が待っている。
ここでは、
シェフと同等の技術、
並びに人格が要求され、
変幻自在な境地に達していなければならない。

そして自他ともに認めるシェフとなり、
独立を果たし、
『離』がひとつの完結を迎えるが、
料理の修業は生涯続く。。。
初心忘るべからず
壁にぶち当たった時、
スランプな時、
モチベーション低下気味な時、
ライバルに圧倒されそうな時、
夢を見失いそうな時、
不運に見舞われた時
etc。。。

「初心にかえれ!」

と、励ましの言葉で用いられたり、

「初心にかえろう!」

と、自戒を含め他人に投げ掛けたり。。。
様々なケースで“初心”という言葉は用いられる。

そもそも、初心うんぬんかんぬんのベースは、
世阿弥『花鏡』の
是非とも初心忘るべからず
時々の初心忘るべからず
老後の初心忘るべからず

にあると思われるが、
いくら勝手な解釈が行なわれようと、
各人にそれを咀嚼する能力、
並びに即実行に移す行動力が備わっていなければ、
その言葉を活用することは出来ない。

そして、
おごり高ぶることなく、初心にかえるも、
初心を道しるべとし、軌道修正を試みるも、
先ずその初心に、大きな夢と希望が隠されているようでなければ
全く意味を成さない。

『●●よ大志をいだけ』

の●●は、
なにも“少年”に限ったことではないのだ。
“枕頭のブログ”と“座右の銘”
人のブログに感動し、
同じ記事を何度も訪れてしまうことがある。

ブログが
『枕頭の書』

『座右の銘』
になるようなものだ。

人気ブログがやみ雲に書籍化されるのもどうかと思うが、
知り合いのブログから、
普段聴くことのない“珠玉の名言”が飛び出すってのも素敵。

そんな訳で、
今回は古くからのお客様としてお世話になっている、
田中京さんのブログ記事に打ちのめされた。

※以下引用

誰にでも失敗はある。

失敗しないと成功できない。

失敗はしないよりした方がいい。

失敗することがわかっていても挑戦する方がいいとさえ思う。

でも。

それには、条件がある。

絶対してはいけないこと。

それは

「失敗するかもしれないから、恐いから、といって自己保身になること」

「失敗しても、その後に人によくみられようとすること」

更に
失敗する前から自己保身するのだけは最低だ。

失敗するなら、
とことん、
みっともなく、
あほくさく、
人から「ばっかじゃないの?」
と言われるくらい
こっぴどく自分をさらけ出して、
実力を出し切ってしまって、
失敗しなければ、
次の成功がない。

と追い討ちをかけ
ごめんなさい、は、
真剣に死にものぐるいでやってみて、
だめだった時に、はじめて謝ってほしい。

自分の身を守るのは、
一番だめだ。

で締めくくる。

このような鋼の意思が
ソウル五輪で銅メダルをもたらしたのだろう。

モチベーション低下気味の時、この上ない特効薬となりそうだ。
食育推進派宣言
現代の子供&若者達が容易に

“キレる”



“ぶちキレる”

要因は『乱れた食生活』にあるとして
科学的根拠を基に警鐘を鳴らす動きもあるようだが、

今更ながらに『食育』を必要とするのは
なにも若者に限ったことではあるまい。

・安全で
・新鮮な
・旬の食材を
・バランスを考えて
・必要なだけ摂取する

が身に付いて実践しておられるかたは
どれだけいらっしゃるだろうか。

これを基に据えなければ
フランス料理もなにもあったものではない。

郵政民営化も程々に。。。
国ぐるみで真っ先に取り組まなければならない問題である。

葉隠/純愛物語パート2
在仏期間が長かった為か、
ただ単に“顔”のせいかは知らないが(ひょっとして話術か?)、
ボクはよく

「齋藤さんは濃い〜★ですねぇ♪」

と言われるが、
実のところ極めて心外である。

何故なら一見“フランスかぶれの放浪者”のような私だが、
「恋愛の真髄は“葉隠”にあり〜☆」
と信じて止まないからだ。
葉隠 改訂新版
松永義弘解説・訳

出版社 ニュートンプレス
発売日 2003.02
価格  ¥ 1,890(¥ 1,800)
ISBN  4315516759

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その“葉隠”を解り易く簡潔に紹介しているのが<松岡正剛の千夜千冊『葉隠』山本常朝
 
「武士道といふは、死ぬことと見付けたり」

「恋の至極は忍ぶ恋と見立て申し候」

。。。↑この一見なんの関わりも無いような、
ふたつのフレーズが実は(以下略。。。

こんな話しもシンミリ来ますね〜☆→<白和え物語>
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